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感無量 ジャンムーラン オーナーシェフ 美木シェフ

長いブログになりそです。

僕の修行先でもある神戸「ジャンムーラン」の
オーナーシェフの美木シェフとマダムが本日、「ラシエット」に、ご来店。

フレンチ業界内やフレンチ愛好家から、惜しまれ2001年2月、
伝説のレストラン「ジャン・ムーラン」閉店から早や10年近く経とうとしているが
ネット内でも美木シェフ、復活を求めるサイトなどが未だにある。

しかし閉店後は南フランスでの暮らしや旅行、新聞のコラム連載
出版などするや家事などし悠々自適に暮らしている美木シェフ。

定期的にお手紙を送って頂く事もあり、僕にとっては今も大きな存在だ。

修行時代にはパティシエとして採用してもらい「パティスリー・ジャンムーラン」
の現場にて仕事をしていたが時には、新店舗のオープニングのサーヴィスや
レストランでの洗い場などでも仕事をさせてもらった。

現役時代は関西でも三本の指に入る「厳しい店」と噂されていた程の
店、僕はかなりビビリながら入店していった。レストランとの接点はあったが
美木シェフと現場で一緒に仕事をする機会は少なかったがオーラがあり
「おはよう!!」という一言だけでも掛けてくれれば嬉しかった自分がいた。

数年前に還暦パーティーに呼ばれ再会した時は、あの時とは違う穏やかな
シェフになっていた。それから手紙をもらう度、励まされる以前と異なる
存在になった。

今日はわざわざ神戸から車を飛ばし来てくれ嬉しい気持ちと裏腹に緊張している
自分がいた。

実は今日ほど美木シェフの隣に座り、サシであれほど話をしたのは初めてで
18年前とは違い商売、レストランなどの話ができ良い時間が取れた。

辛口の意見を沢山もらいましたがお世辞を一切言わないシェフが
「デザート最高!!」と言われた時、「柴田のように頑張ってる奴らが俺の勲章だ」と
言われた時は感無量だった。

あれ程、怖く遠い存在だった美木シェフが今では、失礼ながら近い存在に思える。

現役からの食べ歩きは現在も続いているようで、やはり料理人が天職なんだと
痛感した。「自分より上の人の物を食べないといけない」と言って頂き、まだまだ
僕も食べて食べて食べまくらなきゃいけないんだと強く思った。

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シェフの罵声、マダムのパントリーでの声が何だか聞こえてきそうだ。

こんな関係が今もある事は僕にとって大きな宝です。今度は神戸で
お会いしましょう!! いつかジャンムーランOBでイベントがしたいと感じたました。


美木シェフの著書
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2117754
最終移転した「レストラン ジャンムーラン」
http://homepage2.nifty.com/y-nishimura/works/data/kitano%20house/kitano%20house.htm