僕達の業種に「修行」という言葉がある。
昔はシェフの背中を見て憧れ頑張り、文句も言わず
シェフの言う事は絶対だった。
うちでも同様な環境でやって来たが最近の世の中の
風潮で若い奴等も変化してきている。
少子化、ゆとり教育などで育った人間に「修行」という
言葉を理解出来ない奴等が増えてきた。
昔は「僕はぺーぺー」「僕はシタッパ」などと言って
その存在すら店の中でも重要視されないようなポジションだつた。
しかし現在は労働者として仕事が出来なくても、そこに居るだけで
法的に守られる。
では先輩方が今まで気付き上げてきた職人、修行という文化は
どうなる? 海外、国内問わず、有り金を叩いて食べる物も質素で、
ただ技術の取得の為に給与も貰わず、又は低賃金で働き貪欲に
勉強した精神を僕は大切にしたい。
もちろん時代は変化している。人間も変わってきている。
昔のようには出来ないのは理解できる。僕の頃も「今の若い奴等は」と
言われていた。
しかし自分自身で志願して入店して来て、訳のわからん理由で突然、居なく
なったり退社したり自己中にも程がある。贅沢に育ち叱られもせず、親にまで
叱られた経験の無い人間がどうやって独り社会で生きられるのか。
日本のパティシエが現在、世界で認められて来ているのも職人の文化が
あったからに違いない。日本人の勤勉さは世界でも認められるし繊細さも
評価されている。この世界レベルを継続していく為にも今の若い世代が
もっと辛抱強くならなければいかん。
日本人としての精神、サムライ魂を大切に継承していかねば。
僕の祖父は戦争にも行き大変な想いもしていた。そのな人々のお陰で
現在の日本があり世界に認められる国になった事を若い奴等も知り
生きて行かなければあかんと考える。
日本でお菓子店で働いていれば誰もが「私はパティシエ」と言うが
日本のパティシエという言葉は間違いだ。フランス語のパティシエとは
技術のある職人でライセンスもある。修行中の者、見習いは「アプランティ」
と言う。学びながら金も貰えるなら、その文化も学ぶのが常識じゃないかと
思う。
今日も2人、「修行したい」と門を叩いて来た。
僕は厳しい話を逃げずにするが、「やらせて下さい」と最後、言っていた。
まだまだ捨てたものじゃないね。
世界レベルにしてきた先輩方の精神を、もっと国も認めないと
日本は最悪の国になるぞと言いたいね。
現在の僕のスタッフはみんな、その精神を理解しようとしてくれる。
頼もしいスタッフに僕は時間を裂き指導している。





